人材ブリッジバンクご利用者様の声(その26)

◆ 日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

59歳 男性 活動期間4か月 。

日本雇用創出機構ブリッジバンク利用の感想

コンサルタントの皆様をはじめ、フロアのスタッフの皆様には、今春4月より4か月間、私の就職活動について多大なご支援・ご協力いただきましたこと、本当に有り難うございました。
お陰様で、8月1日付で「Y株式会社」に就職・出向が決まり、明日8月3日より新たな職場で勤務することとなりました。

「日本雇用創出機構」が一体どういう会社であるのか?
・・・・・ひょっとして「リストラ部屋?」・・・・・。
この年齢になって「就活」といわれても・・・・・
と不安だらけで始まった転職活動でしたが、何とか就職先・出向先が決まり、ほっとしております。
今だからこそ云えることかも知れませんが、思いの外(?)、有意義かつ、楽しい日々を過ごさせて頂きました。
「履歴書」・「職務経歴書」の書き方に始まり、ハローワーク、産業雇用安定センター、各社インターネットによる求人情報収集、採用面接等々、いづれも新鮮かつ貴重な体験でしたが、何よりも良かったことは、自分自身の「来し方(60年)・行く末(20~30年?)」をじっくり考える時間が与えられたことでした。

いつか朝のスピーチで申し上げた通り、ここは、私にとってまさに「峠の茶屋」でした。これまで36年間、ただひたすら峠道を登り続け、一寸一息、お茶を喫しながら英気を養い、再び峠道を歩み出す。 今までとは異なり、ペースを落として、ゆったりと・・・・周囲の景色を楽しみ、鳥のさえずりを聴き、小道の草花を愛でながら・・・・といった感じでしょうか。
或いは、SHOT BARの「止り木」といってもよいかもしれません。長く居るところではありません。ドライマティーニで口を濡らし、ウィスキー・ハイボール、バーボン・ハイボールを1杯づつ飲み干して、サッと席を立つ・・・・。居心地が良いのでついつい長居をしてしまいがちですが、意識がなくなるまで酔いつぶれるところではありません。

明日から始まる新たな仕事・職場が、「来て良かった。いい仕事に巡り合えて良かった」と思えるように。 又、先方からは「日本雇用創出機構から良い人材が来てくれて良かった」と云われるように頑張りたいと思います。
そして、そうなることが、こちらでお世話になった皆様への恩返しだと思っています。

短い期間ではありましたが、本当にお世話になり、誠に有り難うございました。

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人材ブリッジバンクご利用者様の声(その25)

日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

60歳 男性 活動期間6か月 。

日本雇用創出機構への出向までの経緯

元社では定年を迎える約5年前にライフプラン研修を受講し、年金の受給開始年齢とその年間支給額、現在の貯蓄状況、定年後に働く意志を再確認し、定年の約10か月前に最終的に2年間の再雇用延長を決めました。以降の選択肢として進む道はいくつかありました。

  1.  元社内で現職を続けるか、社内の別の仕事に就く
    ただし、営業成績が最上位のごく一部しか会社は認めない。
  2.  元社に籍をおいたまま、出向という形で別の企業様での就労先を探す。
    社内掲示板に求職一覧が出ましたが、件数は少なく、該当する職種も選択の幅が狭いものでした。
  3. 元社は退職し、全く別の企業様での仕事に就く。
  4. 仕事はしない。

まだ、働く意志は強く持っていましたし、このまま引退することは世間から隔絶された立ち位置に自分を置くことになり、まだまだ社会への貢献ができるのでないかと考えました。幸い経済的にはひっ迫した状態ではなく、年金受給までの間も高い収入を必要とする状態ではありませんでした。

あいにく、本人が元社で仕事を継続したいという意思を持っていても、仕事がなければ元社にとどまることはほぼ無理という状況でした。案の定、元社からは現状での雇用は不可能で新たな職務探査を行うよう通告を受けました。私は2か3の可能性を選びました。今まで経験した営業職や学術情報担当の仕事を通して、これからも自分のできる事や経験してきたことが、何らかの形で社会的にお役にたてるのではないかと思ったからです。

もう一つ問題がありました。自分の不摂生で膝の関節に支障をきたし、歩行に困難な状態で定年を迎えることになってしまったことです。営業外勤では車での移動が多かったのですが、都会の長い階段昇降や歩行はつらいものでした。再就職活動にハンデとなることもわかっていましたが、十分な治療回復が得られずに、日本雇用創出機構にお世話になることになってしまいました。これは大いに自己反省しています。

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人材ブリッジバンクご利用者様の声(その24)

日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

48歳。男性。活動期間6ヶ月。

日本雇用創出機構への出向の経緯

「日本雇用創出機構」に出向する半年前に別の会社に、半年後にそこに転籍する事を前提に出向していた。その会社へ転籍する事も考たが、様々な事から判断し、結局転籍をお断りし、当社に赴任することとなった。
当社の概要についての説明は勿論あったし、将来に対する不安も当然あった。
しかし、見学の際にカウンセラーを始めとして数名の方と赴任前に顔合わせができた事で不安はかなり和らいだ。今考えても事前に当社を見学できた事は大きな意義があったと思う。

当社の利点を振り返ると、まず在職中に転職活動を行う事ができる点があげられる。在職中であればその間に給与が支給されるため、退職者と異なり生活面の不安はないので、この事はかなり大きな利点であったと考える。

退職してから転職活動を行うのは、様々な点で大変だと思う。まず、時間に縛られないかわりに、生活時間が不規則になりがち。一方、当社では所定の勤務時間があるため、在職中と同じリズムで行動できる。また、外に出ないで家にじっとしていると体面を保ちづらいところもあるが、この部分も出社する事で解決できる。さらに、履歴書、職務経歴書を印刷する費用、郵送する費用、交通費は結構馬鹿にならないもので、それらの経済的な負担を気にする事なく応募できる事も良かったと思う。。

何よりも最大の利点は座学による研修だったと思う。企業に応募する際、履歴書、職務経歴書を提出するが、今まで転職活動を行った事がないので、書き方そのものが全く分からなかった。その時の私は間違いなく「話はここからですか?」という段階でした。実際の研修ではそこから始めて頂いたわけですが、職務経歴書を作成する前に棚おろしに割と時間をかけた事は良かったと思います。履歴書については基本的には事実の羅列であるため、記載はそれ程難しいものではなかったと思います。一方、職務経歴書はやや難解であったと感じています。職務経歴は入社してから数年程度の方であれば、そんなに過去の事ではないため、過去の記憶をすぐに呼び戻す事が可能だと思います。しかし、私の場合は入社してから既に二十数年が経ってしまったため、自分で行った業務であっても忘れていたり、思い入れが変わってしまったりというのがありました。この作業を自分一人で行っていたらあんまり感じる事はなかったかもしれませんでした。しかし、数名で行ったため、他の方の職務経歴を聞く事ができました。職務経歴書は履歴書と異なり、形が決まっていません。最初は大変な作業でしたが、実際に行ってみると会社毎に編集する事が楽しみになりました。

また、同じ時期に研修を始めたので活動時期は当然同じ時期になります。人それぞれ置かれている状況は異なりますので、内定時期、内定の件数などの競争していたわけではありませんが、他の人が内定を取る事ができた場合には自分自身の励みにもなりましたし、後で考えてもこの事は大きかったと思います。

私の場合は会社の状況が変わったため、転職活動の変化を余儀なくされたところがありました。さらにその時の状況は順風満帆とは程遠い状況でした。多くの会社を受験して壁に何回、何十回と壁にはね返されました。私の年齢でもそれが障害になった事はあったと感じています。勿論他にも至らなかった点はあったと思います。このままではいけないと思い、その間に多くの方から多くの知恵を拝借しました。そして頭の整理ができた事、自分自身が開き直った事等で好循環となったのかもしれませんが、ようやく転職先が見つかりました。自分で言うのも何なのですが苦労に苦労を重ねた中での結果でしたので、素直に嬉しかったと感じていますが、当社の方にも喜んで頂けた事はもう一つ嬉しかったと感じています。この結果は実力というより運が味方をしてくれたところがあったように感じています。もしかしたら諦めず継続的な活動を行った事がこの事を呼び込んだのかもしれません。勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなしと言えばいいのか、本来は誤った使い方かもしれませんが、縁は異なもの味なものと言えばいいのか分かりませんが、諦めなかった事がよかったのかもしれません。もし、当社にいなかったらどうなっていたのか分かりませんが、ここまでの結果を得る事はできなかったと思います。

ただ、残念であった事は2つありました。1つは身近にあるパソナグループの会社との連携が上手くいかなかった事でした。もし上手に活用できていれば、もう少し転職活動を楽にできたかもしれません。もう1つは元社の状況に劇的な変化があった事はあったのですが、お会いする機会がなくなってしまい、言わば孤児のような状況になってしまったので、元社においては今後の課題として捉えていただきたいと思います。これらの事が解決すれば更に良いものとなったと思いますが、それでも当社にいた事で大きな収穫を得たと思いますので、今後に活かしていきたいと思います。

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人材ブリッジバンクご利用者様の声(その23)

日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

49歳。女性。活動期間6ヶ月。

お世話になるまでの経緯

所属部署の業務が外部委託され、その委託先に転籍含みで部署が解散、転籍かそれ以外の選択が必要になり、その結果日本雇用創出機構への出向となった。

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新たに配属された4人で座学を受講し、続いてこれまでの仕事に対する意識確認や、実際してきた業務の棚卸を行った。職務経歴書や自己アピール文を互いに吟味することで、独りで作成するよりも圧倒的にわかり易いものができたと思う。これら書類を完成し、求人の探し方等を学ぶことで10月が終わった。
この就職活動の為の書類準備をここで行えたことは、自宅で個人活動するよりずっと前向きな気持ちで臨め、書類の出来を大きく左右したと確信する。この環境に感謝する次第である。

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元社から早期退職優遇制度が発表された。会社は自分のような者から取得して欲しいのだろうと想像するも、どうしたら自分は一番幸せなのだろうと考えるうちに、日々が過ぎていった。
この時期から実際の求職活動に着手し、数社と面接が叶った。出向に拒否反応を示す会社もあり、転籍の方が活動しやすいとも感じていた。また、二次面接に進めた案件もあったが、通勤が困難でお断りした。やはり、どんな会社か行ってみて、面接者という限られた方々にしても実際に対峙して感じ取ることが、非常に大切と感じた。 続きを読む

人材ブリッジバンクご利用者様の声(その22)

日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

60歳。男性。活動期間4ヶ月。

活動経緯

  • 出身元企業において
    約1年前に、定年退職前に行われるライフデザインセミナーを受講、キャリア形成の知識習得。その後、出身元企業で定年以降、現職継続が出来ない旨通知受取る。
    また出身元企業の提示職務と自身のライフプランがアンマッチのため、日本雇用創出機構に出向して職務探索の道を選択した。
  • 日本雇用創出機構出向と同時期に定年退職、継続雇用契約社員として職務探索を継続することとなった。
    その後、転籍先が決定し、出身元企業を退職、転籍先に正社員採用された。
  • 職務探索結果
    抽出案件:132社 応募:80社 書類NG:49社 面接:15社 内定:7社

出身元企業~出向までの振り返り

出身元企業では、自身のライフプランにマッチする求職は無かったものの、セカンドキャリアに対する研修や、求職活動の場を提供して頂き感謝している。出向までに一定期間が有り、ある程度気持ちの整理もついた。待遇面でも継続雇用契約社員としての出向であり、無収入になる心配が無く、安心して就職活動が出来た。

日本雇用創出機構での振り返り

  • 機構では先ず、再就職に関するレクチャーを受講してから就職活動になるので、就職活動のノウハウ、プロセスが把握できて、準備が十分できた。
  • 履歴書、職歴書作成の前段階として、棚おろしシート、長所短所発見シート、人生すごろく金の糸、自己PRシート等々、自己分析のツールが充実していた。
  • 履歴書、職務経歴書等作成にあたり、十分な講義アドバイスが受けることができた。
  • 応募書類を使って模擬面接を実施し、コンサルタント・他の転身活動メンバーで評価しあえた。
  • 日々の結果をコンサルタントと日誌で報告、フォローやアドバイスを日々頂いた。
  • 就活途中に産雇センターのセミナー受講で、就活の基本を再確認ができた。
  • 一人での就活でなく仲間がいてお互いに励ましあい競い合った。
  • 転身活動メンバーは人数的に適切であった。
  • 時には愚痴や悩みの相談にも乗って貰えた。
  • 適時コンサルタントからフォローやアドバイスを頂いた。
  • 大先輩が元気に働いている職場環境で、自身の励みになった。
  • 案件探索に出かける時に皆から「いってらっしゃい」と声掛け頂き勇気を貰った。
  • 通常勤務と同じで毎日機構に出勤するので、規則正しい生活が保てた。

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