人材ブリッジバンクご利用者様の声(その25)


日本雇用創出機構人材ブリッジバンク制度をご利用されて、転身に成功された方の体験談を掲載します。

プロフィール

60歳 男性 活動期間6か月 。

日本雇用創出機構への出向までの経緯

元社では定年を迎える約5年前にライフプラン研修を受講し、年金の受給開始年齢とその年間支給額、現在の貯蓄状況、定年後に働く意志を再確認し、定年の約10か月前に最終的に2年間の再雇用延長を決めました。以降の選択肢として進む道はいくつかありました。

  1.  元社内で現職を続けるか、社内の別の仕事に就く
    ただし、営業成績が最上位のごく一部しか会社は認めない。
  2.  元社に籍をおいたまま、出向という形で別の企業様での就労先を探す。
    社内掲示板に求職一覧が出ましたが、件数は少なく、該当する職種も選択の幅が狭いものでした。
  3. 元社は退職し、全く別の企業様での仕事に就く。
  4. 仕事はしない。

まだ、働く意志は強く持っていましたし、このまま引退することは世間から隔絶された立ち位置に自分を置くことになり、まだまだ社会への貢献ができるのでないかと考えました。幸い経済的にはひっ迫した状態ではなく、年金受給までの間も高い収入を必要とする状態ではありませんでした。

あいにく、本人が元社で仕事を継続したいという意思を持っていても、仕事がなければ元社にとどまることはほぼ無理という状況でした。案の定、元社からは現状での雇用は不可能で新たな職務探査を行うよう通告を受けました。私は2か3の可能性を選びました。今まで経験した営業職や学術情報担当の仕事を通して、これからも自分のできる事や経験してきたことが、何らかの形で社会的にお役にたてるのではないかと思ったからです。

もう一つ問題がありました。自分の不摂生で膝の関節に支障をきたし、歩行に困難な状態で定年を迎えることになってしまったことです。営業外勤では車での移動が多かったのですが、都会の長い階段昇降や歩行はつらいものでした。再就職活動にハンデとなることもわかっていましたが、十分な治療回復が得られずに、日本雇用創出機構にお世話になることになってしまいました。これは大いに自己反省しています。

日本雇用創出機構での活動について

再就職に関する日本雇用創出機構での活動内容はあまり情報を持っていませんでしたし、元社の人事担当も新任で、あまり詳しいサポートが得られませんでした。私よりも半年前に同じ元社から日本雇用創出機構にお世話になっていた同僚から電話やメールで情報をもらいました。事前の見学にも誘われたのですが、前職の業務引き継ぎなどで時間が取れず、飛び込みで活動に入ったという状態でした。定年前の一定期間を前倒しで再就職活動ができるという一種の保障を受けての活動開始でしが、原則、日本雇用創出機構にお世話になる期間は6か月の間であると、元社と機構の契約期間が限られています。この間の給与は再雇用延長契約書にあった通り元社から支給されますが、6か月の間に再就職先が決まらなかった場合は、自宅にて職務探査となりますのでもう一段給与水準が下がります。6か月は長いようで短く、いくら応募しても書類選考さえも通らない状況が続き、私は危うく期限切れとなって支援を受けられなくなる状況に追い込まれました。同じ時期に東京で支援を受けた仲間が次々と再就職先を決める中、元社人事からも進捗状況が遅いことを心配する連絡も受けました。安心感には期限があります。

当初、シニアアドバイザーからガイダンスを受け、その中で「自分は何ができるのか、これから自分は何がしたいのか、どこで働きたいのか、何のために働くのか、いつまで働くのか、収入はどれぐらいを希望するのかをはっきりさせなければなりませんでしたが、今まで漫然と仕事をしてきたこと、将来への生活設計が甘かったことを痛感しました。自分の希望を明確にすることは大切ですが、前職にこだわりすぎて仕事の範囲を絞りすぎると求職案件への該当がとても少なくなり、苦労することになります。まさしく私がこの罠に嵌りました。ある程度の幅を持ったほうが良かったのだろうと思いました。

資格を考える - 研修や講習の受講について

私には履歴書に記載できる資格がほとんどありませんでした。今までの職務経験だけで勝負しようと思ったのですが、これはとんでもない間違いでした。何らかの資格があれば怖いものなし、求人案件は件数種類ともにとても多いようです。すぐにでも通信教育などを始めるべきでした。朝、始業前やお昼休みの時間、土日の空いた時間に複数の資格取得に向けて自己学習を進めました。認定試験は実施時期や回数、試験地などが決まっていますので6か月間に取得できるものは限られていました。履歴書の資格欄に「学習中」と書くだけでも、先方の印象が大きく異なりように思いました。

パソコンやソフトの扱いに興味がありましたのでMOS検定(マイクロソフトユーザー検定) Word,Excell,PowerPointなどを学習しました。コンピューターソフトの使い手はどこの職場でも重宝されます。

シニアアドバイザーからの指導を受けた後、復習のつもりでハローワークのシニアセミナーを受講しました。特に面接を受ける際とても良い経験になりました。
・シニア向け求職セミナー おもに40歳以上対象
・書類選考突破セミナー
・面接突破セミナー

インターネットの求人サイトやその他の求人を調べる方法について

いくつかのインターネット上の求職サイトに登録しましたが、当初に登録した個人プロファイルは適切なものではありませんでした。応募先の企業に合わせて、記載内容を変えていきました。企業の求めている点に自分がどう応えることができるか、応募書類は読んでもらえなければ門前払いで終わりです。「この案件はいけるかもしれない」と自分勝手に思っても、なかなか書類選考がパスしません。私はいやになるほど選考NGを経験しました。

応募の数とその対応スピードが重要だと教えられましたが、正直、NGが続いたことは精神的にこたえました。

インターネットでの求職案件のほかに、シニアアドバイザーが個人的に求人ネットワークを持っていらっしゃいます。支援グループの方々やパソナグループ内での求人情報に出会うことがあるかもしれません。繰り返しますが、私は希望職種を絞りすぎて、全くヒットしませんでした。安易に妥協したくはなかったのですが、自身の経験や希望とは全く異なるフィールドに挑戦することも必要だと思いました。自分自身、何がやりたいのかが途中でわからなくなりました。 産業雇用安定センターの支援を受けるのも開始が遅れてしまいました。面談では最初に希望職種と就労希望の場所をお伝えしたのですが、就労希望の場所や職種とは少し異なっていました。

人的つながりは精一杯利用しました。元社の現役担当者にお願いして、昔の顔が利くところは、できるだけ面会に行きました。特に人事権を持つ責任者などにはうまく自分の売り込みの機会を見つけてアプローチするようにしました。私は昔の担当先を3軒ほど訪問しましたが、結果的にこのコネを使って再就職先を見つけることができました。

人材紹介会社のイベント(転職フェア)がたくさん開かれていますので、事前に登録を済ませて、各企業のブース訪問や会社説明会へ参加しました。若い新卒者向けのブースのほかにベテランを求めている企業もないことはなく、情報収集を行いました。

モチベーションを保つこと

インターネットやハローワーク経由でたくさんの案件に応募してもNGが多いので、精神的にへこたれないことが大切と思いました。へこたれそうになったら、まず、シニアアドバイザーや他企業からの出向研修中の仲間と情報交換し、話を聞くことで何とか乗り越えました。いろいろ他業種のことを教えてもらうことは、お互いの励みになりますし、活動の進捗状況を教えあうことは刺激にもなりました。日本雇用創出機構は働く意欲のある人に対しての支援を行ってくれます。この意志を持っていない人には支援はないと感じました。

健康が一番

毎日、お昼ご飯は食べましょう。界隈のビジネス街には安くておいしい店がたくさんあります。体の不調は面接時のマイナスポイントです。私は体の状態があまり良くなく、求職活動を本格的に始める時期が遅れてしまいました。前職で外勤がほとんどだった方にとっては、決まった時間の内勤が毎日続くのは、かなりつらい日々かもしれません。逆に生活のリズムを整えることができるのは良い点かもしれません。

私の所感と活動、決定までの経緯

アクションとアクションの間が空いてしまい、もうだめかと思った時期もありました。先方からのレスポンスが遅い一方で、下手に催促の行動をとるのは逆効果と思い、ひたすら待ちに徹しました。

第1月
日本雇用創出機構、初出勤
以前に担当していた施設に挨拶と自身の売り込み
第2月
責任者から直メール
第3月
人事担当者から履歴書、職務履歴書を提出するようメールあり
第4月
一次面接の呼び出し、人事担当からメール
第5月
一次面接
二次面接呼び出し、人事担当からTELで内々定の知らせ
二次面接 雇用条件の通告、職務内容
元社と転職先との話し合いで転籍が決定
第6月
雇用契約締結前の健康診断、契約書類受け取り
就業

本当に6か月の支援期限ギリギリでした。
最初に活動を始めたところに最終的には決まったことになります。他の応募は空振りでしたが、ハローワークでの活動も含め、活動が無駄になることは決してありません。どこかで何かの役に立つことは信じてください。

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